名詞「lýsing」について
‐記述・詳述・光を当てる‐

 翻訳自体はとっくに終わっていたものの、きっと自分が読者なら欲しいであろう書誌情報を調べているうち、実生活では引っ越しを強いられ、論文の締め切りに追われ、その他諸々のありふれた言い訳となるものを処理し終え、ようやく「Lýsing Íslands (sýslu- og sóknalýsingar)」の翻訳を公開できた。

 二本目と三本目の翻訳も補足等を終えれば公開できるはずで、今月中にどちらも公開できる、とここで宣言したとしても、まったく説得力がないのは、今までの怠惰から察せられるからだけでなく、あと一週間もすれば、また一か月ほど自由が利かなくなることを知っているからなのだが、確実なのは、できることをやっていく、ということ(当たり前です)。

 今回の翻訳で一番悩んだのは、「lýsing(リーシング)」という語をどう日本語に訳すか、ということだった。

 訳者の専門分野では、この語を見かけるときは、よく「描写」という意味で使われる。しかし今回の翻訳では、それを訳語とするのは適切ではない。結果的には、「lýsing」という語を「記述書」としたのだけれど、何とも収まりが悪い。

そんな「lýsing」とは、いったいどういう語なのだろうか。

 まず、アイスランド語辞書(Íslensk orðabók(2010、Forlagið))での語義を確認してみる。

lýsing /liːsiŋ/

  1.  照らすこと、光を当てること
  2. どのように光が照らさるか、光量、日の出、夜明け、日没
  3. 叙述や説明
  4. [歴史]婚姻を結ぼうとする新郎新婦に何かしらの問題がないかを訊く役割も果たす正式な婚礼の告知(牧師の職務として)
  5. 写本や本の(絵図による)装飾

用例は省いているが、「光を当てること」、「何かを明示すること」が大きな語義にあるらしい。

 ただ、この語は、動詞「lýsa(リーサ)」の名詞形なので、その動詞の語義も確認する必要がある。

lýsa /liːsa/

  1. 照らす、光を投げかける
  2. 日を差す、照らし出す
  3. 示す、証拠を出す
  4. 告げる、知らせる
  5. 対象となるものがどのようなものか、どのように進行しているかを述べる、描写する
  6. 写本の頭文字を装飾する
  7. 誰かに乳製品をあたえる
  8. 夜が明ける
  9. [漁業] 水面下に魚が見える

こちらは用例にくわえ熟語表現も省いているが、「光を当てる」ことと「何かを明らかにすること」を、名詞形と同じく原義といってもよいのではないだろうか。

6.の語義は、派生した意味であり、8.と9.は仮主語「það」を用いたときの意味であろう。
7.に関しては、乳製品を意味する名詞「lýsa(リーサ)」[1] … Continue readingの動詞形だと思われる。

 さて、ここで翻訳対象を見ると、そのタイトルに「Lýsing Íslands (sýslu- og sóknalýsingar)」とあり、本文には、「Íslandslýsing」とある。
これらを原義に照らし合わせるなら、

  1. 「Lýsing Íslands」は、「アイスランド(Ísland)」に「光を当てること(lýsing)」もしくは「アイスランド」を「明らかにすること(lýsing)」
  2. 「sýslu- og sóknalýsingar」は、「行政区(sýsla)と教区(sókn)に光を当てること」もしくは、「行政区と教区を明らかにすること」
  3. 「Íslandslýsing」は、最初の「Lýsing Íslands」が固有名詞か複合語になったもの

と考えられる。

 ただ、今回翻訳するものの本文を考慮すると、「光を当てること」という語義は当てはまらないだろうから、「明らかにすること」の方で使われていると見做せ、より詳しくは、上述の3.「叙述、説明」という語義が、適切だろう。

 さて、ヨウナス・ハトルグリムソンによる提案文(Boðsbréf 30. apríl 1839)を読むと、アイスランドの「土地と国民についての明瞭な説明を書いて本にまとめ、その後、一般大衆でも手が届く(greinileg lýsíng á landinu og þjóðinni hafi verið samin og sett á bækur, er síðan komi í almenníngs hendur)」[2] … Continue readingようにすることが重要視されており、このアイスランドの「土地と国民」についての「説明(lýsing)」は、口頭のものでなく、特に書かれたものを指していると思われる。
「書かれた説明」とは、つまり「記述」のことだろう。

 翻訳対象の本文には、「アイスランドの記述を出版する(gefin yrði út Íslandslýsing)」や「アイスランドの記述は一度も刷られなかった(Íslandslýsingin kom aldrei út)」という部分があるが、これらの「記述」は、印刷物として纏められたものが想定されているだろうから、「lýsing」に「記述書」という言葉を充てることは、そこまで的外れでもないと思うのだが、いかがだろうか(そんな言葉があるかは不問ということで…)。

 けれども「アイスランド記述書」では語呂が悪いと感じたこと、訳語について考えているあいだ、『風土記』が頭に付いて離れなかったこともあり、「Íslandslýsing」は「アイスランド記」とし、タイトルの「Lýsing Íslands」も、それに合わせた。

 「Lýsing Íslands (sýslu- og sóknalýsingar)」を翻訳するなかで、考えていたことのうちのほんの一部だけれども、訳語もしくは翻訳全体に対して、批判はいつでも歓迎している。

脚注

脚注
1 上述のアイスランド語辞書によれば、名詞「lýsa(リーサ)」の語義は、1.光、光る物、眩い光線、2.乳製品、3.脂、小さな脂肪の塊、4.ホワイティングというタラ科の魚。
2 原文でヨウナスは、他国において「(…)一般大衆でも手が届く」ようにしたことが重要だと述べており、完了形の文が使われているが、ここでは前後の繋がりを重視して、完了形をつかっていない。