雨の多いところで

 初めてアイスランドを訪れたときのが6年前。
 そのとき降った雨は、掛けていた眼鏡の汚れをきれいに落とした。

 それから6年が経とうとする今では、雨に振られたあとには水痕がうすく残ることを知っている。あのとき掛けていた眼鏡は、日本からの30時間の移動の最中にベトベトに汚れていたのだろう。それに気づかないでいて見るものは、色眼鏡を通した光景ばかりだったかもしれない。

 傘を差さずに雨のなかを歩き、ずぶ濡れになることにすっかり慣れてしまう頃には、北極圏の直ぐ下にある島国が理想郷ではないと気づいていた。

 はじめは生まれ故郷との常識の違いに腹を立て、次第に諦め、そして受け入れていく。

 この土地で自分は異邦人なのだと意識せざるを得ないことが多いことは確かだけれど、アイスランドの住み心地はよいか、と訊かれたら、「住めば都」と答えることが多い。

 物価は高く、物の選択肢も娯楽も少ない。
 都会の刺激に慣れた人には、この国は退屈でしかないらしい。

 それでも僕は住み続けている。

 アイスランドで目にし、そして僕のなかで一定の場所を確保したものもある。

 それらについて書いてみようと思う。これからアイスランドが知られていけば、いずれ誰かの目に触れ、そして語られることもあるだろうが、たぶん、殆どのものはまだ日本語で書かれたことのないものだ(実は、日本語の練習(復習?)のためでもある)。

 本や絵や小物、それ以外の何かについても、気がついたときに書いていくことにした。

スコッヴィン、スクッガバルドゥル、ウルザルコットゥル

雄鶏の卵から生まれる動物だか化け物だかをスコッヴィンという。雄鶏が老いたときに産む卵は牝鶏のものに比べると随分と小さいのだが、その卵が孵って出てくるのがひどい害獣で、その目に見られたものは即座に息絶えてしまう。つまりは、死をもたらす目を持っている化け物である。

あるとき、とある教会で起こった出来事なのだが、ミサが終わって外に出ていった人々が突如バタバタと重なり倒れて死んでしまった。屋内にいた気丈で注意深い人たちは、これにすぐ気がついた。なかでも教会の執事は、外に駆け出ようとした人を立ち止まらせてから、急いで長い棒の先に鏡を縛り付け、ひとりで扉の内側に立った。鏡のついた棒の先端を芝屋根までとどくように、外へ上へ伸ばしていった。そうしてから、執事は外に出るよう全員に言った。今度は誰の身にも異変は起こらなかった。どうして突然人が死んだのか、執事には察しがついていた。芝屋根の上にスコッヴィンがいて、そいつが外に出ていった人たちを見たために、彼らは扉から出たところで死んでしまったのだ。そして執事が鏡のついた棒を上に伸ばしたとき、スッヴィンは自分自身の姿を見て絶命したのである。

スクッガバルドゥルという名の化物も、同様の目を持っている。そいつは猫と狐の雑種なのだが、猫と犬の雑種だと言う人もいる。ウルザルコットゥルというのは、この目を持つ第三の化け物で、教会の墓地で人の死体を食べてながら3つの冬を生き長らえた猫である。人であれ動物であれ、これらの化物の見られて死なない生き物はおらず、見られた途端に死に至る。これらの怪物を殺すには、どうにかして怪物が自分自身を見るか、銃口に十字を三重に切ってから銀の弾丸で撃つしかない。

画家シーグルズル・グズムンドゥスソン[1]シーグルズル・グズムンドゥスソン(Sigurður … Continue readingの話より。

 

(„Skoffín, skuggabaldur og urðarköttur.“ 1862. Íslenzkar þjóðsögur og æfintýri. I. bindi. Safnað hefur Jón Árnason. Leipzig: J.C.Hinrichs. Bls. 613.)

脚注

脚注
1 シーグルズル・グズムンドゥスソン(Sigurður Guðmundsson)(1833年-1874年)は、アイスランド出身の画家。現在のアイスランド国立博物館の前身であるアイスランド古物収集館の設立に多大な貢献をし、アイスランドの女性の民族衣装をデザインしたことでも有名。画家のシーグルズル(Sigurður málari)と称されることが多い。

スコッヴィンとスクッガバルドゥル

曰く、スコッヴィンとは狐と猫のあいだに生まれるのであり、猫の方が母である。スコッヴィンは、産まれてくる前にかならず殺されねばならない。* スクッガバルドゥルというのは父系が猫で母系が狐であり、誰かの家畜を八つ裂きにするために魔法使いが力を与えたステプニヴァルグルと呼ばれる狐と同じく、牙を剥いて襲いかかってくるかもしれないが、スクッガバルドゥルを銃で撃とうとしても、その銃を点火することは決してできない。

あるとき、一匹のスクッガバルドゥルが、フーナヴァトゥンスフレフプル区民[1]アイスランド北部のフーナヴァトゥンスシストゥラ行政区(Húnavatnssýsla)の住民。の家畜を八つ裂きにした。そいつは、ブレンドゥギール渓谷[2]Blöndugil。アイスランド北部にある全長18㎞の渓谷で、ホフスイェークトゥル氷河(Hofsjökull)から流れるブランダ(Blanda)川が流れている。のあたりにあるほら穴で見つかり、集まった人々の手で殺されることになった。刺し殺される寸前、スクッガバルドゥルは言った。「ボットゥラスタージィルの猫[3]Bollastaðir。現在のボウルスターザルフリーザルフレップル地区(Bólstaðarhlíðarhreppur)にあった土地。に伝えろ。スクッガバルドゥルは、今日、地の割れ目にて刺し殺された、と」。これは驚くべきことだと思われた。スクッガバルドゥルを殺した男がボットゥラスタージィルに着いたときは、もうすっかり夜になっていた。男はベッドで横になり、今日の出来事について話しだした。梁の上には一匹の雄猫がいた。そして、男がスクッガバルドゥルの今際の言葉を口にしたとき、梁にいた猫が飛びかかって爪と顎を男の喉にずぶりと刺しこみ貼りついた。引き剥がそうとしても、首を落とすまで猫が離れることはなく、それができたときには男は既に死んでいた。

スクーリ・ギストゥラソン牧師[4]スクーリ・ギストゥラソン(Skúli … Continue reading収集。マイリフェフトゥル山[5]Mælifell。おそらく、アイスランド南部にあるミールダルスヨークトル氷河(Mýrdalsjökull)の北側にある山のこと。のエイナル・ビャルトゥナソンの話より。

 

*スコッヴィンに関しては、ふたつの話がある。次の話を参照。

(„Skoffín og Skuggabaldur.“ 1862. Íslenzkar þjóðsögur og æfintýri. I. bindi. Safnað hefur Jón Árnason. Leipzig: J.C.Hinrichs. Bls. 612-613.)

脚注

脚注
1 アイスランド北部のフーナヴァトゥンスシストゥラ行政区(Húnavatnssýsla)の住民。
2 Blöndugil。アイスランド北部にある全長18㎞の渓谷で、ホフスイェークトゥル氷河(Hofsjökull)から流れるブランダ(Blanda)川が流れている。
3 Bollastaðir。現在のボウルスターザルフリーザルフレップル地区(Bólstaðarhlíðarhreppur)にあった土地。
4 スクーリ・ギストゥラソン(Skúli Gíslason)(1825年-1885年)は、アイスランド南部にあるフリョウトゥスフリーズのブレイザボウルススターズル教区(Breiðabólsstaður í Fljótshlíð)の牧師であり、民話の収集も行った。
5 Mælifell。おそらく、アイスランド南部にあるミールダルスヨークトル氷河(Mýrdalsjökull)の北側にある山のこと。